辞めてきた

辞めてきた、というか、前から決まってたことなのだが、現在の勤務校を3月末で辞めることになっている。人事発表という形で数日前の職員会議のときに、資料の退職者の欄に俺の名前が書かれていた。これで正式に退職することが、職員たちに知られることとなった。


なぜ辞めるのか、と、色々な先生に問い詰められた。悪いところがあるなら直すから、と管理職にも言われた。別れ際の恋人か何かか?


まあそれはさておき、色々と「合わない」という理由がしっくりくるのかなあと思った。校風、建学の精神*1、ルール、同僚、全てが肌に合わなかった。何を偉そうに、と思うかもしれないが、誰もが1度はそういうことを感じたことがあると思う。湯飲みでジュースを飲んだり、ざる蕎麦をフォークで食べたりするような違和感が続いた1年だった。


まず、4月の段階で、新任紹介のときに校長が俺の名前を間違えてたところから、なんとなく、ああ、この学校はダメだと薄々思っていた。それからも、契約書になぜか「体育科教員」*2と書かれていたり、公的文書に誤字があったり、部活でパワハラを受けたりと、辞めたほうがいいだろうなって要素はそこらじゅうに転がっていた。


それでも、尊敬できる先生や、こんなゴミみたいな教師を慕ってくれる生徒の支えもあって、なんとかこの3月まで持ちこたえることが出来た。


人を生かすのも、人を殺すのも、他の何者でもない「人」なんだなと感じた。だからこそ、人を育てるのが使命の我々は、より責任感を持って仕事をしなければならんのです。


最近、校内の色んな偉い先生と面談を受けることがあったのだが、どの先生にも「てめえせっかく1年育ててやったのに辞めるのか!この恩を仇で返すクソ野郎!」と遠回しに言われてしまった。まあ、仕方ないと思う。育てた野菜をカラスに荒らされた気分なのだろう。


でも、そう言われるってことは、使える人間として認知されてたってことだから、むしろ自信になった。自分では花すら咲いてないと思っていたから、果実になっていたことに安心した。


辞めなきゃよかったかな、とも一瞬思ってしまったが、辞めなければ、俺は一生この狭い世界の中で窮屈に生きていくことになっていた。それだけは絶対に嫌だった。


私学という環境は、自分の「当たり前」が歪んで形成されたまま生涯を終えてしまう危険を孕んでいる。視野がどんどん狭くなり、特定の視点でしか物事が考えられなくなる。


今の学校はそれが顕著な先生が多かった。俺のルールが正しい、という暴君が三人いて、常に火花を散らしあっている。争いが嫌いな俺にとっては不愉快な空間だった。まるで古代中国で覇権を争った三國志のような世界だった。



おそらく、次の学校でもそんなに大きく環境が変わるとは思えない。だが、ここで学んだことを生かして、文字通り桁違いの給料を貰えることを心の糧にして、次の学校でも頑張りたい。

*1:私立学校における校訓のようなもの

*2:ブログの説明にもあるように俺は国語の教員